冤罪、被害者家族、偽の記憶、とどれもが一つのことでも一冊の本になるようなことでぎっしり。
どれも中途半端という感想も聞きましたが、どの出来事にもタイトルの「図地反転」がかぶせられていて、私は意味深く読めた。
意識をどこに向けるかで同じ事柄でも印象は全く変わる、またその印象のせいでかつて経験したことまで違って見えてくる、そういう人間の悲しさが主役だったと感じられた。
それこそ、何に主点を置いて読むかで印象が変わるのではないだろうか。
想像力が乏しいのか、書かれていることをそのままに受け止めてしまうので、それぞれの印象に振り回されて少々くたびれもしたけど。
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「熱帯夜」「あげくの果て」「最後の言い訳」の三作からなる、新年一冊目を飾るにふさわしい表紙の本(笑)。
熱帯夜
作者のワナに嵌って楽しめた。なるほどね~。
あげくの果て
高齢者徴兵制度とその真相、行き過ぎた敬老精神団体、それに対抗する若年過激派、近未来小説かもなあ。
最後の言い訳
ゾンビもの。ゾンビは差別用語らしい(笑)。
これが一番のお気に入り。
どういう理由から蘇生者が増えていくのか、数が逆転したことへ蓋をした感じ等、これも黒い笑いに包まれながらも現実味がないとはいえない。
蘇生者という設定は別だけど。
ところどころに挿入されるニュースがあるかないかのギリギリの線上というところで、これまた秀逸。
生命保険会社の屁理屈表明、首相の失言、蘇生パンダ事件への中国側のコメント、どれも実際に聞いたような錯覚に襲われる(笑)。
それだけ真実味があるということはその分だけ切ないということでもあり、そこがまた著者のワナに捕らわれたという気がして非常に嬉しい。
理性と本能の板ばさみでどうするのかと思ったラスト…清々しくさえ感じられる選択が見事。
私は曽根さんのファンなのだなと実感できる一冊でありました。
不破の所属する警視庁外事2課に中国に国家機密を流している国会議員がいるという情報が入る。ガセネタと思われていたのに警察庁から女性理事官凸井がやってきて捜査を開始。純粋な捜査なのか、上の思惑が働いているのか、不破は事件の本質を見抜けるのか。
たいへん面白かった「鼻」の曽根さんの乱歩賞受賞作。
警察にスパイがいる、いやスパイのふりをしている二重スパイだ、いや三重だ…二転三転する「真相の告白」にどれを信じてよいのか最後までわからない。
あのエンディングももし話がこの後も続くのなら信用ならんところだ。
真相にはついていけないが、捜査官同士の腹の探り合いや凸井の思惑に振り回されているうちに読み終えてしまうという不思議な小説。
不破と対立しているというか方針が相容れない五味も適役っぽいのにその慕われ方がわかる気がするし、組織からのはずれもの若林の流され方なんかドラマがあったと思うけどあまり評判がよろしくないとか。
第14回日本ホラー小説大賞短編賞受賞作の表題作を含んだ3篇からなる短編集。
「暴落」社会人とは株式を上場していることという世界。株価は学歴、家柄、職業、日々の行い、友人等で上がったり下がったりする。人としての評判が株価となって生活に如実に反映されていく。その社会にどっぷり飲み込まれた青島裕二の悲喜劇。
「受難」仕事仲間との飲み会の後意識を失い気がついたら路地に手錠でつながれていた男の不条理話。
「鼻」人間はテングとブタに二分され、テングはブタに迫害されている。テングを救うべく外科医の「私」はブタへの転換手術という違法行為に手を染めていく。そして自分の臭いに悩む刑事の「俺」は少女誘拐事件の犯人として不審な「マスク男」に狙いをつける。
素晴らしい!私に褒められても何も嬉しくないだろうけれど素晴らしく面白かった!本を読んで星をつけたりしない私でも何だか星五つの気分。
表題作の「鼻」はホラー小説大賞だけれど外科医の「私」と刑事の「俺」の話がどうつながるのかのミステリーでもある。最後までわからなかった!騙されたとかの感覚ではなく、そうか~、やったー!という気持ちになってくる。
どれも気に入ったが、「暴落」のブラックさは特に気持ちがいい。人間の価値=株価で、そのために翻弄される愚かさ。人助けをすると株価が上がるからそのために電車で席を譲ったりするのは授業にボランティアを取り入れてることと変わりない。青島裕二の勤めていた銀行の名前、インサイダーから風説の流布、さらには会社(?)更正法と思われる人間再生の流れからドナービジネスまで。ちくちく突きまくる着眼点が見事私のツボ。
何の予備知識もなく図書館の「新しく入った本」のコーナーで手に取り、裏表紙の内容説明に引かれて借りたら大当たりという幸せな出会い。
これは「沈底魚」も読まなくては。