シリーズ(?)5作目のエッセイ。
いつもの煙に巻かれたような法螺とも現実ともつかない話の数々。
この文体を読むのに最初は違和感があったけれど今となれば独特のリズムとなって逆に読みやすくってたまらない。
エッセイなんだしあえて書くこともないと思ったけれど今回から「テースト~」以外にタイトルがつくようになったらしいのでつい(笑)。
それと内田百閒先生の匂いを突然のように感じてしまったもので。
鞄を持つのが嫌いで必要な時には友人に借りるという件で「漱石先生のお古の帽子は7年もったのに君のは安物だから3年しかもたない」といいがかりをつけた話を唐突に思い出した。
百閒先生を頭に浮かべながら読むと、あーだこーだとヘンテコリンなことを並べた最後に「という話を聞いた」と締めたりするのも百閒先生としか思えない。
百閒先生好きの私がこのシリーズを楽しみにしているのはただ面白いから以外にも理由があったということなのだろうか、なんて感じてしまいましたとさ。
ついでに百閒先生の何が好きかといえば、「冥途」などの小説は涙がでるくらい繊細なのに「阿房列車」や「大貧帳」のような随筆ではとことんとんちんかんであるという落差に他ならない。
PR
この記事にコメントする