殺人の濡れ衣を着せられ逮捕、裁判で無罪となったにもかかわらず、家族とも縁を切らざるをえず、故郷を追われたアダム・チェイス。
5年後、アダムに故郷の友人ダニーが助けを求める電話をかけてくる。
断ったものの、3週間後にアダムは吸い寄せられるように戻っていく。
そして彼を待ち構えていたかのように事件が起きる。
こう書くと安っぽいミステリに聞こえるが、ミステリであることよりも心の再生小説の色が強い。
無実となったのに、5年も経っているのに、住民のアダムを見る目は「殺人者」。
そして新たに起きた事件にも彼の関与を真っ先に疑う何も変わらない町。
真相にたどり着くまで二転三転…町とチェイス家の澱みの部分を次々と見せられる。
まやかしの道を見せられているというよりも、再生に向かうためには必要な筋道だったという気がしてならない。
全てを踏んでいかないとラストの余韻をもたせるアダムにはなりえないなあと感じるから。
アダムもお父さんも、変に物分りがよいということがなく、同じだけ振り回されもがいている姿に体温を感じる。
求めたのは断罪ではない、大切なものなのだ、たとえそれがひび割れでも。
今ミステリチャンネルで視聴中のフランスドラマ「アヴィニヨン伝説」では振り回される人たちを「気がコロコロ変わりすぎ」と笑ったが、この本を読むと益々「アヴィニヨン~」の人たちは気分にムラがありすぎに思える。最終回で何かしらの答えがあるかもしれない、とわずかばかり期待(少しウソ)。
最近、話題の本を読んでも入り込めないことが続いて自分が読書に根気がなくなってきたのかなあ?と不安感が漂っていたが、単に合わなかっただけのよう。これは満足でありました。
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