殺された側の論理 -犯罪被害者遺族が望む「罰」と「権利」
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藤井 誠二
講談社
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最近裁判関係の本が気になる。
やはり裁判員制度が頭にチラつくからだろうか。
肯定派ではないので予習なんかじゃないですけどね。
裁判は誰のものなのか、これは以前に読んだ「裁判官が日本を滅ぼす」でも強く感じたこと。
裁判が開始される時はもう裁判官の頭の中には行方が出来上がっていて、その通りにしか進まないという印象を受けた。
この本は裁判の進行ではなく、被害者や遺族がどういったことを期待しているのか、ご本人達の生の声を伝えてくれるもの。
被害者側が死刑を望むのは決して「うちは殺されたんだからあなたも死になさい」だけの感情論ではない。
現行の最高刑を期待しているだけだ。
そこには死刑以外の量刑の少なさ(軽さ)があるのだと思う。
死刑廃止を求める人たちの言葉も書かれているが、死刑を廃止するならそれに見合った刑罰を設けなければならないのではないか。
人殺しが野蛮だから死刑をなくすでは何の説得力もない。
同時に犯行当時の責任能力の問題も感じていたこと。
精神病を抱えているから、麻薬を使用していたからとの理由で犯罪がなかったことになるのはおかしい。
遺族は命を落としたことをどうどらえたらいいのか?
犯した罪は罪。
しかし責任能力を追求できないのであれば、そう判断した国が責任をもって治療なり更生なりに力を入れるべき。
野放しはおかしい。
囲っておけばいいというものでもない。
時効の問題もそれと似てはいないだろうか。
加害者がわかっても時効なので裁けません、を遺族が受け止められるわけないと思う。
裁判員制度よりも法律を見直すことのほうが先立ったのではないだろうか、と考えさせられる。
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読み終わるまで、真っ黒なだけの表紙だと思ってた。
最初から表紙のことを知っていたら、間違いなくホラー小説として読み始めたな。
民宿が台風からの土砂崩れに遭い、宿泊客が生き埋めになる。
多数の犠牲者が出たが、四日後に七人が救出される。
一人は救出後間もなく死亡するが、残りの六人は奇跡の生還者としてマスコミを賑わす。
元の生活に戻り始めたであろう半年後に一人、しばらくたつと一人、また一人と生還者が不審な死を遂げる。
あの生き埋め事故の犠牲者の呪い?次は自分?とだんたんに精神のバランスを崩していく沢井。
沢井は土砂崩れのその日に交際していた彼女を亡くしている。
この沢井が心のバランスを崩していく様子が恐い。
仕事をミスしても気づかない、それを注意されると貶めようとしていると感じる。
誰でもありそうなこと。
しかしその程度が甚だしくなり、厳しい注意を受ける頃にはもうまわりが敵にしか見えない。
おかしくなっていくってこういうことなのかも、と経験はないけれどその過程が妙にリアルに感じられた。
それだけに最後「そ、そんな急に…」と驚かないわけでもない。
きっかけとはそんなものなのかもしれないけど。
こ、こんなにかわいくていいのか?
見てると頭の中までとろけちゃいますよ。
サイドバーのインスタントストアに入れておきながら、記事に書くのを忘れるくらいにとろけてます。
「となりのこぱんだ」というブログの更新を楽しみにしている。
パンダ保護研究センターの幼稚園の様子を4コママンガ風で見せてくれるのですよ。
これがとてもキュートで理由もなくもじもじしてしまうほど。
このブログが私のパンダ熱に火をつけたかも。
そんなところに岩合さんにパンダの写真集を出されたらたまらない。
買っちゃいますよ。
ああ、かわいい!
このパンダたちは撮られているがわかってるんじゃないかと思うほど。
漫画風とは違って、一枚一枚から風景、匂いが伝わってくるようでたまらない。
またですね、いつもながら写真に添えられている岩合さんの言葉がいい。
見事に表情が浮き出てます。
暑い夏に毛むくじゃらなんて…と言わずに見て欲しい。
このむくむくさんたちは間違いなく暑さを忘れさせてくれる。
別世界にトリップさせられるとも言うかな(笑)。
ちなみにこっちも持ってたりする。
人柱、参勤交代、厄年などが形を変えて現在も存在している日本を描いた短編集。
厄年休暇はあるとうれしいかも。
留学生リリーが、歴史でしか知らなかった日本の制度・風習に触れ目玉を丸くするというお話。
いや、かなり日本人でも驚く。
人柱は人柱職人という資格職、厄年の人は一年間休める、既婚女性はお歯黒、どれも現存しないことですからね。
ミステリなのでそれなりに事件は起きる。
その謎解きは人柱職人の東郷直海が力を発揮する。
…でも、謎解き部分はむらがあるかな。
数々の風習にまつわる設定が勝っているからこそ、そう感じてしまうのかな。
でてくる風習を茶化すというよりは、こういった意味を持ったものだから、と今に合わせて膨らまされているのでとても好印象。
でも、リリーが驚いてホームステイ先の娘慶子に「リリーは日本に来て間もないからね〜」となるくだりはパターン化したギャグとして成り立っているのかもしれない。
私はこうい軽いミステリは設定にやられてしまう傾向がある。
ほら、「丑三つ時から夜明けまで」とかね。
とても楽しめましたが、最後の恋愛話はいかがかな、と。
最後の最後、直海をびっくりさせるために必要だったのだ、と思えばありかな?
「奇跡の人」、好きだったんだけどなあ。
小児科医押村悟郎は姉の千賀子が病院へ運ばれたと警察から連絡を受ける。
医師であるのでかなり深刻なダメージであることは悟郎にもわかる。
この姉弟は幼い頃交通事故で両親を亡くし、千賀子は伯母、悟郎は伯父に引き取られる。
親戚の集まりくらいしか会う機会がない。
その上、伯父と伯母の間の遺産をめぐる諍いでその機会さえも取り上げられてしまう。
悟郎は新しい家庭に恵まれたが、千賀子は受け入れられず苦労したようだ。
遠ざけられるのを期待するかのように荒れた生活を送り、ついには家を飛び出し、伯父の家とも疎遠になっていた。
それが回復の見込みのない状態での18年ぶりの再会となる。
この18年間埋めようと、悟郎は千賀子のアパートにあった年賀状の送り主を訪問し、姉を知ろうとする。
曲がったことを許せない姉の行動を知るたびに悟郎はそんな姉を誇らしく思っていく。
これがすごく青臭くて。
「姉を知る」行動を起した瞬間に悟郎は30過ぎた小児科医ではなく、姉と疎遠になった少年の日に戻ってた、ということなのかな。
姉の軌跡をたどることで少年の日をやり直しているのだろうか。
千賀子の行動は正義感の塊で真直ぐすぎる。
見習いたいけれどできない、といった感じで現実味は希薄かも。
面白くないわけではない。
でも少年の冒険小説に思えてしまう。
それだと底に流れていた濁りの部分が範疇越え。
だから読後複雑なのかな?
もうひとついえば、もしもそうしなければならないとしても、最後のアレは私なら裁判が終わってからにすると思う。








