五月女ケイ子さんの絵に釣られて図書館で借りた。
彼女のイラストのファンなもので。
タイトルのままの内容だが、おふざけオンリーではなく、この企画をした団体は
「薄毛・脱毛症で悩む人々のために、医療の増進や消費者保護を図る目的で設立された非営利活動法人」だそうだ。
根底には真面目な取り組みがあって、それを笑い飛ばしてしまおうというものらしい。
思い出したが(忘れてしまったわけではない)、私自身今までに2度円形脱毛症になったことがある。
最初は高校3年生、次は大学4年生の時。
両方とも進路に悩んでいたのかもしれない。
なってしまうと今度はそれが悩みになってしまうので大元は何だったのか忘れがち。
そんなこともないけれど。
今ならストレスで身体に影響がでることも認知されてきているが、当時は誰もそんなこと気にかけてはくれなかった。
親にしても禿げのことしか見ない。
過敏性腸症候群も併発していたようだ。
こんな状態、今なら医者にかかっていただろう。
私も結構デリケートさんのようだ。
五月女さんの絵を見つけたついでに
「新しい単位」「世界のしくみ」「淑女のエチケット」も借りてしまった。
恐ろしいものから、希望にあふれる表情まで、魅力的な絵です。
やはり細川徹さんとのコンビが最高かな。
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本を読むのが遅い上に年末の何やかや、体調を崩すなど様々なことが重なった。
おかげでこの本を読み終えるのに10日以上かかっている。
こんなに日数をかけてしまうとストーリーをちゃんとつかめたか心配だ。
なぜなら、良かったのだが今ひとつピンとこない。
いろんなところで大絶賛の記事を見るが、私はそこまでいかない。
この作品で2度目のアメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長編賞を受賞したというのも手伝って期待しすぎたのだろうか。
子供のころから知っていた少女の首切り惨殺死体。
その事件をめぐる家族の物語。そして1960年代のアメリカの物語。
家族の描かれかたが魅力的。
主人公の家族の互いを大切に思う気持ちがやりきれない中にも伝わってくる。
対比させて死体となった少女の家族が描かれているからなおさら。
ミステリではなく小説だなという印象が強い。
好きな作家の作品で絶賛されているのに、それに同調できないのは寂しいものがある。
やはり原因は読むのに費やした日数だろう。体調もか。
余談ですが「サイレント・ジョー」で、主人公が自宅で夕飯の支度をするのにテレビ・ディナーを3つ温めるシーンがある。
「客が2人来るのか」と思っていた。確かに客は来た。1人。
でもそれは予定外の客だった。
「今から夕飯だけど、食べませんか」と誘ったが、客は辞退した。
テレビ・ディナー3つが1食分というのが当時、とても印象に残った。
今でも忘れられない。
確かに主人公は体が大きい設定だったけれど。
1943年にアリューシャン列島に取り残された4頭の軍用犬。
1頭は元の主に忠実で敵が島に乗り込んできたときに地雷原に誘い込んで自身も爆死。
残りの3頭の血がこの物語の主人公。
今世紀に起こった戦争と関わりあいながら、あちこちに広がったこの3頭の血統が奇妙な巡り会わせをしていく。
犬だから寿命も短いし戦争の世でもあるから簡単に死ぬ。そして生まれる。
それが何世代も繰り返され、偶然の血の再会があり、助けられたり、義理の親子になったりと犬の血脈大河ドラマ。
この犬のドラマの間にはさまれる、老人の話。彼も犬を飼っていて(?)人間を攻撃するように訓練している。
この老人の目的は何なのか。
老人のところには誘拐された日本人ヤクザの娘もいるが、この娘がまた筋金入ってる。
彼女が犬になっていく様は格好良くもある。
近代史は不勉強なので、どうしても犬の物語のほうに心が傾く。
描かれる1頭1頭の境遇に入り込んでしまう。
「イヌよ、イヌよ」と語りかける、詩を思わせるような文体も原因かも。
潔さに目頭が熱くなったり、生さぬ仲で芽生える母性愛、親子愛に揺さぶられる。
擬人化はされていない。犬は犬である。
注文をつけるとすると、豊崎由美さんも書いていましたが、犬の系図があるといいんですけどね。
私の頭が悪いのか把握しきれなくなります。
古川さんの本は始めて読んだ。
ちょっとヘビーな印象があったので今まで敬遠していたが、他の本にも興味を持ちました。
有名な彫刻家が死期を感じながら、娘をモデルにした石膏像の作成をする。
完成直後彫刻家は死亡。
葬儀後にはその石膏像は何者かに切断され、首から上が行方不明になる。
これはいやがらせなのか、娘の殺害予告なのか不安に悩まされる。
そこで作家と同じ名前の主人公綸太郎が登場。
彫刻家の弟と親しい彼が調査を依頼される。
そんな中、心配していたとおり娘が行方不明となる。
そして父である彫刻家の回顧展の準備会場に女性の生首の入った箱が送りつけられる。
誰が? 目的は?
一気に読みたかったけれど、何故か進まずかなりの日数がかかってしまった。
特に難しい内容なわけではない。
石膏像のつくり方も完全に理解できないまでも「なるほどね」ぐらいで流せる説明だし、時代が難しく入り組んでいるわけでもない。
つまらないわけでもない。でもかかってしまった。
事件をちょっとずつたどって、ある事実がみえてきたかなと思うと次の謎が現れる。
そんなことがいくつか繋がっていく。そんな謎がだんだんに全て繋がる。
飽きないで楽しめたけれど、爽快感は無い。むしろ気の毒。
姉妹の確執というか、策略にはめられたというか。
奥さんを交通事故で亡くした男性が主人公。
最初の数ページはあまり好みではない話かな、と思った。
だって奥さんを亡くした哀しみを引きずっていて、何も手につかない、仕事もその他のことにも現実感がもてない、というようなことばかりだったから。
悪いことを言うと、映画のせいで味をしめたかと正直思った。
小説の黄泉がえりは読んだけれど映画は観ていないし、それにつづく映画も内容を聞くと二の足を踏んでいたので。
評判は良かったんでしょ? よく知らないけど。
事故をきっかけに、何故か背後霊が見えるようになったという。
物を無くした人の背後霊が彼にその場所を教えてくれる。
彼はその人に「どこそこを探してみたら」と教えてあげる。
すると見つかるから感謝される、ってな感じ。
タイトルから察すると、日常のこんな小さな謎を「見えてしまう」力で解決していくのだろうと思ったが。
不思議な力の噂を聞いて失踪した奥さんを探して欲しいとの依頼が来る。
支度金ももらってしまった手前、調査に乗り出すことになる。
このあたりから話は転がっていく。
どんどん不思議な話に突入。
背後霊が恐ろしい生き物の集団に襲われたり、奥さん探しを依頼してきた人の様子が変化したり、と日常の枠の出来事ではない。
本の表紙が黒猫なのですが、その黒猫というか猫が活躍する。
それと一緒におませさんな女の子も探偵助手として活躍する。
後半、私には荒唐無稽な感じが強くてついていくのにちょっととまどいもしたが、面白かったというのも事実。
知人がどこかで聞いたのが、シャマラン映画2本分という評。
なるほど。
それをもう少し突っ込むと、サインかと思ったらシックスセンスだった というところでしょうか。






